04 サー・ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」

大竹優志 TEDxKeio 教員チーム

 

私は授業でブルース・ヘンダーソンのエッセイ「The Origin of Strategy(戦略の起源)」を使用し、そこからの引用である「You need to have your own competitive advantage to survive and prosper. (生き残り、繁栄するためには自分自身の強みが必要だ)」を生徒に伝え続けています。しかし、その「強み」とは簡単に見つけられるものではありません。このロビンソンのスピーチではその強みをどのように見つけるかのヒントを学ぶことが出来ます。現代社会ではどうしても読み書き重視の学力に注目しがちです。しかし、ロビンソンは「人間の知性はもっと多様でダイナミック。そして比類なきものである」と述べています。生徒たちにはそれを理解してもらい、もっと視野を広げ、多角的に自分を見つめられるようになってほしいと考えています。

 

“Creativity now is as important in education as literacy,
and we should treat it with the same status.”

— 創造性は識字能力と同じくらい教育において重要である。
そして、それらは同等に扱われるべきである。

 

また、このスピーチ自体が、私の授業の理想でもあります。イギリスの名優マイケル・ケインを彷彿とさせる品格とセクシーさを兼ね備えた英語で数々のジョークを飛ばして、会場を笑いの渦に巻き込みます。しかし、観客を楽しませて終わりではありません。後半は鬼気迫る怒濤のスピーチで圧倒し、「教育を考え直し、素晴らしい未来を共に築き上げよう。」というラストメッセージが観客の心奥に突き刺さります。私もこのような授業がいつか出来るようになりたいと思っています。

 

 

 

大竹優志 Masashi Otake

TEDxKeio 教員チーム

慶應義塾高等学校外国語科教諭。映画と音楽をきっかけにアメリカに憧れを抱き、高校卒業後渡米。アイオワ州の大学で、ある教授がおこなう創造性あふれる講義に感銘し、この感動を広げるため帰国。多くの子どもたちに自分が体験した以上の感動を与えることを目標に、教壇に立つ。モットーは「授業はエンターテイメント。面白くなければ、授業ではない」。

03 サー・ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」

井口奈保 Former TEDxTokyo Community Catalyst

 

TEDxTokyoとTEDxTokyo yzという2つのTEDx育成に携わってきた私とTEDとの出会いは2009年初頭。TEDxTokyoのco-founder,Todd Porterと知り合ったのがきっかけです。ライセンスを取得したばかり、イベントの場所と日にちだけは決定しているけれど、その他は何もないという状態でした。当時、私はTEDのテの字も聞いたことがなく、TEDxTokyoという言葉を知った方が先だったんです。参考にすべき他のTEDxも、頼りになる情報も存在しないまま、妄想だけを頼りにイベントの準備を始めました。世界で最初の2つのうちの1つであり、米国外初のTEDxイベントでした。

 

TEDxプログラムと同時期にTEDが始めたのがTED Open Translation Project。TEDxTokyoで上映するTED talksの翻訳チームをリードしていた私は、TEDからOpen Translation Projectのローンチ日までに翻訳を完成させて!とお尻を叩かれ、夜な夜な何十回と8本のTED talksを見続ける日々を続けました。これらが最初に見たTED talksです。映像翻訳が初めての経験だった上に、それを複数人で行なうための作業工程デザイン、さらにボランティアで集まった会ったことのないチームメンバーをビルドアップする任務。とにかく色んなことをジャグルしていた記憶があります。

 

私の思い出に残るTED talkは、中でも一番の回数を、0コンマ何秒単位でストップしては繰り返し見たSir Ken Robinsonの名TED talk「学校教育は創造性を殺してしまっている」です。翻訳と最終調整を担当しました。セリフを繰り返せるほど見たので内容についてはもはや何も触れません。それだけ見ても未だに見飽きることのないトークだと自信をもってオススメできます。世界中で最も視聴されている殿堂入りTED talkでもあります。問答無用でぜひ見てください!語られている1つ1つの寓話の成熟度、全体の話の展開、物腰、声のトーン、すべてに彼の人柄と話し手としてのクオリティの高さが表れています。私の一番好きなパートは、次の一文です。

 

“Frank sent this.”
— フランクさんが贈りました。

 

 

 

井口奈保 Naho Iguchi

Former TEDxTokyo Community Catalyst

文学部卒業。人間がいきものとして持つ本来性と繋がり、潜在的能力を拡張させると、意思決定プロセスや行動規範、現代の暮らしにどのような可能性が加わるのか。こうした問いとの対話を続け、自らの日常生活をアートとして提示する社会彫刻家の活動に従事。働くという概念、資本主義、等価交換経済などをテーマに、動物らしい命のまっとうの仕方を模索中。

01 セバスチャン・スラン「Googleの自動運転車で目指していること」

牛場 潤一 TEDxKeio Organizer

 

2012年、TEDxTokyoのキュレーションチームから登壇の打診があったとき、僕はとんでもなくワクワクした気持ちでOKの返事をしました。ちょうどその頃は、僕の研究室とリハビリ科がタッグを組んで研究していたブレイン・マシン・インターフェースという理工学技術を使って、医学の世界では治せないと思われていた脳の疾患を治療できそうだということが分かり始めたときでした。物置のような4畳半の狭い実験室を使って一人で始めた研究が、学生たちの自由な発想と行動力で大きく加速しはじめ、医師、療法士、そして当事者である患者さんの温かい協力と励ましによって、「理工学から医療を創る」という夢の形がおぼろげながら見えてきたところだったのです。僕らが希望を持って創りだそうとしているテクノロジーが、世の中にどんなインパクトを与えようとしているのか。学術論文を書いているだけでは伝わらない、一人称の情熱とビジョンを、憧れのTEDスタイルで話す機会をもらえて、本当に嬉しい瞬間でした。

 

しかしそれは同時に、ショックの連続でもありました。こんな話をしようと思っている、と原稿を作って事務局に送ってみると、「堅苦しくてつまらないです」や「大学の講義みたいで長過ぎます」というコメント。何度も1から作り直すハメになりました。ああ、こんなに産みの苦しみを味わうのは大学生のとき以来だなあ、とぼやきながら遠い目になる日々。。。

 

あるとき、キュレーションチームのひとりが、電話をかけてきます。「一般論や技術論はTEDに不要です。牛場さん、あなたのパッションはどこから来るのですか?なにがあなたを突き動かすのですか?みんなはそれが聞きたいんです。」そして、彼はこのTED Talkを紹介してくれたのです。電話を切って、さっそく研究室のPCで観てみると、そこには静かな語り口のなかから溢れるように伝わるセバスチャンの想いがありました。Googleで自動運転プロジェクトに携わるエンジニアだった彼のトークには、数式や図表は一切でてきません。いままで僕が受けてきた教育とは真反対のプレゼンテーション。だけど、だからこそ心に迫る情熱があり、人を動かす何かがありました。テクノロジーを語るためにテクノロジーを説明しないのは、いわば丸腰で自分をさらけ出しながら相手と向き合うことと同じです。でも、だからこそ一人の人間としての価値が問われているようにも思えました。

 

 

“There is a vision here, and a new technology.”
— ここにビジョンがあり、新しいテクノロジーがあるのです。

 

 

セバスチャンのトークの最後に出てくるこのフレーズは何気なく聞こえるかもしれませんが、理工学研究に携わる自分の情熱とシンクロする、知的な熱量を持った言葉です。翌日、改めて送った原稿は、一発OK。自分のなかで、「伝える」ことのチャンネルが増えた気がした瞬間でした。

 

ところで、この話には後日談があります。TEDxTokyo 2012の当日、「先日はお電話失礼しました」と言って挨拶をしてくれたその彼は、某大学の学生さんだったのです。「大学生という立場なのに、大学の先生に偉そうなことを言ってすみませんでした」と彼はしきりに恐縮していましたが、でも僕はそこに半学半教の形を感じて嬉しくなりました。こんな素敵な形で、演説のありかたをじっくり考え、立場を超えてみんなで学び合えるのなら、慶應義塾にその文化を芽吹かせたい。そんな想いでいろいろなところで声をかけていくうち、考えに共鳴してくれた塾員塾生のみんなが大勢集まってくれるようになり、そしていま、TEDxKeioの実現に向けて動きはじめるに至ったのです。

牛場 潤一 Junichi Ushiba

TEDxKeio Organizer

理工学部生命情報学科准教授。専門はリハビリテーション神経科学。ヒトの感覚運動システムにおける神経機能の理解と制御を主眼として、工学技術と活かした神経生理学研究をおこなう。理工学から次代の医療を創ること、そして同時に、文理渾然たる新しいサイエンスを創ることを目指している。